河上伸子は紀の國屋物産の入社試験に行く途中のバスの中でスリに財布をすられた。いち早く気がついた彼女は、自分の傍らに立ってニヤニヤ笑っていたロイド眼鏡に口ひげの男がてっきりスリだと思って、警察へ突き出した。その時立ち会った婦人警官は伸子の親友京子だった。伸子はその後で入社試験を受けて、みごとに難関をパスし、紀の國屋物産の社長秘書に採用された。ところがその社長がその日から失踪して行方不明という騒ぎになった。翌日その新聞記事を見て驚いたのは伸子と京子であった。昨日伸子が突き出したスリがその社長だった。出社第一日、伸子と社長紀の國屋文太郎との最初の対面では、社長の前に山積みされた書類が伸子を窮地から救ってくれた。そして文太郎から、盲目判を押す機械のような自由のない社長業の嘆きを聞かされたのであった。伸子は京子と相談して文太郎を脱出させ、伸子の家に預かることに...
植村孝作は、糟糠の妻なみ子を頭に四人の子女を持ち、乏しいながらも明るい家庭を営んでいる。朋子は理解のある母の許しを得て好きな絵を学び、胸を病む恋人内田三郎の全快の日を待っていた。孝作は勤続二十五年を迎えて会社から表彰され、特別賞与として金一封をもらうことになった。なみ子はこれで、子供たちの不足の品も買え、次女の修学旅行の費用も出ると、人知れず安堵したが、表彰式の帰途、夫婦で僅かな買い物をした賞与三万円の残金をすっかりすられてしまった。しかしなみ子はこの災難を子供たちに知らせず、またなけなしの衣類を売り払って不足をおぎなって行くのだった。意気込んでいた朋子の絵が落選し、三郎が死んだとき、なみ子は、絵は自分の昔の夢であったと打ち明け、くじける朋子をはげましてやった。住みなれた家が家主のために隣家へ売渡され、立ち退きを迫られて一家に暗い影を投げたが、朋子の...